NO 全攻切守 NO LIFE

低迷中

退団選手あれこれ-上川隼之-

30.GK 上川隼之(かみかわ としゆき)
1989年7月14日生まれ 180cm/70kg 鹿児島市出身

サッカー歴;
鹿児島城西高校→08年加入

リーグ戦出場記録;
2008年 7試合
2009年 6試合



08年に加入。その年の2節に柳が負傷退場し、早くも出番が回ってくる。

ヴァンクール熊本戦、新日鐵大分戦などではキックの精度の高さやファインセーブを随所に見せ、そのままレギュラー定着でいいと思うような活躍を見せたが、新日鐵大分戦で今度は自身が負傷退場となり、再び柳にスタメンの座を譲り渡す形に。

しばらくは出場機会がなかったが、柳の不調もあり、8月のV・ファーレン長崎戦からスタメン復帰。それ以降、貴重な試合ではレギュラーとしてシーズンを戦い抜いた。

キックの精度、前後のポジショニングに優れ、シーズンを通して安定したプレーを見せていた。

翌シーズンも柳と切磋琢磨しながら出場機会を分け合う形になったが、このシーズンも怪我に泣かされた。シーズン終盤に再び出場機会が与えられるも、前シーズンと比べると安定感を欠き、地域決勝の初戦こそスタメン出場するも、残り2試合を柳に譲り渡す形に。

2年目のジンクスというやつだったのかな?



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退団選手あれこれ-川邉直太-

22.DF 川邉直太(かわべ なおた)
1981年5月14日生まれ 175cm/65kg 鹿児島市出身

サッカー歴;
鹿児島実業高校→九州共立大学→Ducks喜入→05年加入

リーグ戦出場記録;
2005年 13試合3得点
2006年 10試合
2007年 20試合1得点
2008年 17試合
2009年 7試合



05年に加入。当初は出場機会がなかったが、リーグ中盤戦以降はレギュラーに定着。怪我をした06年や都合で帯同出来なかった09年の一部を除き、不動の右サイドバックだった。

オーバーラップと球離れのタイミングが良く、クロスの精度も高い。ロングスローも武器となった。07年と08年にはプレースキッカーも務め、アシスト数も多かった。ムラが少なく、安定したプレーの出来る選手だった。

09年は、山口大将という九州学生選抜にも選ばれた選手が加わったが、それでも右サイドバックとして使われていたのが、信頼感の高さが伺える。

ちなみに、07年のリーグ戦ではコーナーキックを直接決めています。記録上はですけど。



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退団選手あれこれ-諏訪園一吉-

14.MF 諏訪園一吉(すわぞの かずよし)
1983年3月4日生まれ 172cm/68kg 指宿市出身

サッカー歴;
鹿児島実業高校→FC東京→沖縄かりゆしFC(期限付)→FC東京→横河武蔵野FC(期限付)→04年加入

リーグ戦出場記録;
2004年 不明
2005年 18試合2得点
2006年 14試合1得点
2007年 18試合1得点
2008年 1試合
2009年 2試合

備考;
2006年~キャプテン



前田ヴォルカ時代の2004年に加入。元々は攻撃的MFだったが、ヴォルカではボランチでプレーした。

最初見たときは体型にビックリしたw

元々あんなんだったけ?
それとも不摂生?
ていうか動けるのか?


その試合では高精度のロングフィードをバシバシ決めており、そこは腐っても元Jリーガーという貫禄を見せた。

運動量は多くなかったが、ポジショニングが良く、攻撃から守備へ切り変わる際にはボールサイドに顔を出すことが多く、チームではアンカーの役割を担った。

守備的な役割を担うポジション柄やカッとなりやすい性格らしく、カードを貰うのが多かったのが玉に瑕だが、07年以降は相手の悪質なチャージにもカッとなることもなく、逆にカッとなっている選手をなだめる場面も多く見られた。

08年からは怪我でシーズンを棒に振った。

その年のKSLカップ決勝で脱臼をして負傷退場。復帰したホーム開幕戦でまた負傷し、その怪我が重傷だったようで、それから1年以上実帰から遠ざかった。

09年の6月頃になると、名ばかりのサブ登録状態ではなくアップにも参加出来るようになり、復帰も間近だと思われたが、それからしばらくは会場に姿を見せず、「もしや辞めたのでは?」とも思ったが、リーグ最終節の佐賀ラウンドで実戦に復帰し、その後の全社・地域決勝も無事出場を果たすことが出来た。

自分が見た限りでは、ブランクの影響か、プレーの精度やポジショニングの際の周りの選手との距離感などに微妙なズレを感じたのだが、今は最後に地域決勝に出れて本当に良かったと思っている。

今後は、東大陽選手と共に県1部の指宿SCでプレーする予定だそうだ。



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退団選手あれこれ-宇都孝弘-

13.FW 宇都孝弘(うと たかひろ)
1981年11月17日生まれ 185cm/72kg 日置市出身

サッカー歴;
伊集院高校→鹿児島大学→03年加入

リーグ戦出場記録;
2003年 -
2004年 不明
2005年 9試合1得点
2006年 11試合2得点
2007年 11試合4得点
2008年 13試合2得点
2009年 12試合



2003年終盤に加入。加入したときは大学リーグを終えてからだったので03年は天皇杯の1試合のみの出場。2004年から本格加入となった。

今だから言えることだが、最初にプレーを見たときは何故重宝されていたか分からなかった。競り合いが特別強いわけでもなく、足下の技術に長けているけでもない。そして、スピードが武器という触れ込みも疑問に感じ、いないときの方が機能しているようにも見えたほどだった。

しかし、その翌シーズンから評価は一変。

プレースタイルは、スピードはある程度長い距離を走る必要はあるが、スピードがあることは分かったし、ボールが収まったらそう簡単に取られないキープ力がある。2008年にはそのキープ力を活かし、当時の戦術の中でポイントとなっていた。

献身的なプレーから前線で潰れ役となり、自身のゴールこそ少なかったが、味方に点を取らす術に長けていた選手だった。



この選手の1番の武器は、見た目と違う"ギャップ"ではなかったかと。

上背があるものの空中戦に飛びぬけて強いわけでもなく、大柄で小回りが利かない点や足下の技術に多少の難があり、長い距離を走らないとスピードに乗らない。だからこそ、足下にボールが収まったらそう簡単にボールが奪えず、スピードに乗ったときに相手が驚く。

この辺のギャップこそがこの選手の最大の武器だったと思っている。



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退団選手あれこれ -東 大陽-

3.DF 東 大陽(ひがし たいよう)
1981年6月25日生まれ 178cm/67kg 指宿市出身

サッカー歴;
鹿児島実業高校→吉備国際大学→三菱水島FC→07年加入

リーグ戦出場記録;
2007年 19試合2得点
2008年 17試合4得点
2009年 15試合3得点

備考;
2008年副キャプテン、2009年トレーニングコーチ兼任



チームの数少ないJFL経験者。大学卒業後に当時中国リーグだった三菱水島FCに加入。同年、チームはJFL昇格。

2005年に一度引退し、2006年は母校の吉備国際大学のコーチに就任するも、2007年に現役復帰し、ヴォルカ鹿児島に加入。

加入1年目から高いリーダーシップを発揮し、チームになくてはならない存在になる。2008年には副キャプテン、2009年はコーチ兼任でゲームキャプテンとなった。

元々は中盤の選手だったらしく、攻撃参加も大好きな選手で終盤の点が欲しい時間帯などは中盤にポジションチェンジし、攻撃的に振舞うのがお馴染みの光景だった。

格下のチームが相手の時も常時出場していたことから、高い信頼を得ていたことが伺える。


ヴォルカデビューとなった2007年は、序盤に内容の伴わない低調な試合が続き、思うような結果がついてこない苦しい時期だったが、そんなときでも声を出し、味方を鼓舞していた姿が印象深い。もし、この選手が声を出さなくなったらチームが終わる。そう思えたほど。

また、去年の選手権準決勝では、珍しくベンチスタートだった※1が、この時も内容が悪い泥仕合で、パスが繋がらないとかそういった部分もだが、何よりチームとして声が出ていなかったのが気になっていた。

投入されたとき、チームが少し落ち着いた。もっとも、その後は同じようにグダグダにはなったのだが、少なくともチームに与える影響は強い選手だったのは確かだ。


正直、まさかこのタイミングで退団するとは思わなかった。まだまだチームには不可欠の選手だと思うし、昨シーズン、チームとして地域決勝を経験した上で+αとして高いリーダーシップはまだまだ必要だったのだが…。

しかし、プロではない以上、事情もあるので退団は惜しみつつも、これまでの貢献に感謝です。お疲れ様でした。ありがとうございました。



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※1 怪我してたらしい。




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私の造語ではありますが、全員で攻撃して、全員で切り替えて、全員で守備をするという意味で、『全攻切守』という言葉を、私自身は以前から使っていました。

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