NO 全攻切守 NO LIFE

低迷中

退団選手あれこれ -東 大陽-

3.DF 東 大陽(ひがし たいよう)
1981年6月25日生まれ 178cm/67kg 指宿市出身

サッカー歴;
鹿児島実業高校→吉備国際大学→三菱水島FC→07年加入

リーグ戦出場記録;
2007年 19試合2得点
2008年 17試合4得点
2009年 15試合3得点

備考;
2008年副キャプテン、2009年トレーニングコーチ兼任



チームの数少ないJFL経験者。大学卒業後に当時中国リーグだった三菱水島FCに加入。同年、チームはJFL昇格。

2005年に一度引退し、2006年は母校の吉備国際大学のコーチに就任するも、2007年に現役復帰し、ヴォルカ鹿児島に加入。

加入1年目から高いリーダーシップを発揮し、チームになくてはならない存在になる。2008年には副キャプテン、2009年はコーチ兼任でゲームキャプテンとなった。

元々は中盤の選手だったらしく、攻撃参加も大好きな選手で終盤の点が欲しい時間帯などは中盤にポジションチェンジし、攻撃的に振舞うのがお馴染みの光景だった。

格下のチームが相手の時も常時出場していたことから、高い信頼を得ていたことが伺える。


ヴォルカデビューとなった2007年は、序盤に内容の伴わない低調な試合が続き、思うような結果がついてこない苦しい時期だったが、そんなときでも声を出し、味方を鼓舞していた姿が印象深い。もし、この選手が声を出さなくなったらチームが終わる。そう思えたほど。

また、去年の選手権準決勝では、珍しくベンチスタートだった※1が、この時も内容が悪い泥仕合で、パスが繋がらないとかそういった部分もだが、何よりチームとして声が出ていなかったのが気になっていた。

投入されたとき、チームが少し落ち着いた。もっとも、その後は同じようにグダグダにはなったのだが、少なくともチームに与える影響は強い選手だったのは確かだ。


正直、まさかこのタイミングで退団するとは思わなかった。まだまだチームには不可欠の選手だと思うし、昨シーズン、チームとして地域決勝を経験した上で+αとして高いリーダーシップはまだまだ必要だったのだが…。

しかし、プロではない以上、事情もあるので退団は惜しみつつも、これまでの貢献に感謝です。お疲れ様でした。ありがとうございました。



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※1 怪我してたらしい。



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私の造語ではありますが、全員で攻撃して、全員で切り替えて、全員で守備をするという意味で、『全攻切守』という言葉を、私自身は以前から使っていました。

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